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あさひのよろい

あさひの鎧

国枝 史郎

「時事新報」1934(昭和9)年8月25日~1935(昭和10)年3月16日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 239,520 字 · 475 页

青空文庫

――そうとしか見えなかった。

その混乱の人馬の渦に、自分も巻かれておりながら、そうして押しやられ突きやられ、怒涛の中の小舟のように、めちゃめちゃに揉まれておりながら、彼は何んにも出来なかった。

ただ一つの恐ろしいものが、幻影のように見えるばかりであった。

憐愍を現わした頼兼の眼!

そう! そればかりが幻影のように見えた。

それにもう一つ、一つの声ばかりが、周囲の叫び声や苦痛の声や、馬の嘶きや太刀打ちの音や、矢叫びの声を貫いて、彼の耳に聞こえて来た。

「そちが! 頼春! 裏切ったとは! ……一族の……同じ血の……一族のそちが!」

この声ばかりが聞こえて来た。

(頼兼は俺を憐れんだのだ!)

怒りならば、軽蔑ならば、憎悪ならば、ないしは呪咀ならば、怨みならば、まだまだ救われる余地がある!

そうではなかった!

憐れんでくれたのだ!

(おおおお可哀そうに頼春よ、一族の同じ血の俺達を裏切り、生きていたいのか、栄達したいのか!)

こういって憐れんでくれたのだ!

(たまらない!)と頼春は思った。

渦巻き乱れていた兵どもが、

「引きあげろ! ソレ引きあげろ! ……錦小路高倉へ行け! 多治見ノ四郎二郎の館へ行け!」