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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

「あたしそう思いましたの」

彼女のまなざしが、ふいに、うっとりとなり、表情は酔うような、空想のいろに掩われた。そして花世は、彼の悲しい身の上を、語りだすのである。彼は大身の武家の若さまである、もしかすると大名の若殿であるかもしれない。いや、たしかに若殿にちがいない。ところが悪い家来がいて、お家の中が紊れて、彼は危うく毒殺されそうになる。そればかりかひじょうに美しい、町の娘を、彼は夢中になって恋しているが、その娘は自分の卑しい素性を恥じて、彼の熱烈な恋を拒絶する。

「その人は心のなかで泣きながら、本当に身も世もなく泣きながら、いいえ、わたくしのことはお諦め下さいまし、とてもお情けを受けることはできません、とても、……そう云って、顔では笑いながら、いってしまうんです」

花世は、涙ぐみ、両手を握り合せ、耐えかねたように声をふるわせる。

彼は失恋のいたでと、毒殺される危険を避けるために、或る夜そっと、一人で邸を出奔する。彼は絶望し、悲嘆にくれ、世の中も人間もいやになり、そしてこんな山の中へ。……というふうに、自在な空想に、自分で感動しながら、語り続けるのであった。