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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

静かに戸をしめて、平静に歩く。巨大な犬どもが諸方から吠えつつ次第に馳せ集ってきたが、あくまでそれには無関心に歩いた。賭けである。無関心か、死か。それだけだ。否。死あるまでは、ただ無関心あるのみである。一片の警戒もあってはならぬ。それでも噛みつく奴があれば、一片の警戒もないうちにアッサリ死ぬより仕方がない。赤ン坊と同じことだ。

無事戸口まで辿りついた。ここで慌てずにダメ押しの無関心。首尾よく戸をあけ戸をしめてホッと大息。これでどうやら仕事の九割は成功したのだ。警戒は犬にまかせて、女中わずかに三名、玉子の病気に看護婦すらも雇うことをためらうという秘密の隠れ家だ。もうあせることはない。

若い女中が現れた。犬の関所を悠々と突破してきた若者に呆然たるていであった。

「奥さんの病室はどちらですか」

彼はもう靴をぬぎかけた。女中はそれにのまれて疑心すらも起すヒマがない。

「あの、どなたさまですか」

「奥さんの使い走りしている夏川という者です。取りついでいただく必要はないのですよ。ただ病室へ案内していただくだけで分りますから」

秘密の家に秘密の客。当然ありうることだから、むしろ女中は疑念氷解の様子である。