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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

女体山脈

女体山脈

どれほどの時間がたったのか、ふと気がつくと、そこはもう海の底ではなくて、かれはまったく別の次元にはいっていた。そこに別の宇宙があった。

見渡すかぎりの不思議な山であった。かれの理性はそれを否定したけれども、眼前の事実をどうすることもできなかった。麻酔の夢ではなくて、現実に山ばかりの世界がそこにあった。かれはそこが東京都内の地下であることを記憶していた。その地下に、見渡すかぎり果てしもない大洋があった。そして、今はまた、その地下に、見渡すかぎり山また山がつづいていた。夢ではない。かれは明らかに目ざめていた。夢でないとすれば、人知を絶した魔法である。さきほどの五十万円は、地底の魔術の国への入場料であった。

かれはやっぱりビロードのシャツを着ていた。それはもうぬれてはいなかったし、透明マスクもボンベも、いつのまにか取り去られていた。そして、何かしら柔らかいものの上に寝そべって、果て知らぬ山のけしきをながめていた。

その山容は、この世のものではなかった。青い木は一本もはえていなかった。ただのはげ山でもなかった。ごちゃごちゃとした目まぐるしい陰影があり、全体におしろいでも塗ったような、不思議な山であった。