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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

ガスが漏れているのだ。へやのすみの床に近いところに鉛管がひらいている。そこから黄色い毒煙が吹き出しているのだ。それがヘビのように床をはって、おれのほうへ近づいてくる。ああ、もう逃げられない。黄色いヘビが、足をはい上がる。

「ここよ、ここよ」

美与子が、泣き声で叫んだ。そこには、見るもむざんなたどたどしい字で、断末魔の一句がしるしてあった。

もうだめだ。黄色い煙は、へやいっぱいになってしまった。苦しい。くるしい。たすけてくれ。

その最後の行は、もうほとんど文字の形をなしていなかった。もがき苦しむつめのあとにすぎなかった。

昌吉と美与子は、ひしと抱き合って、へやのすみに立っていた。そして、どんなかすかな音も聞きもらすまいと、耳をすましていた。いまにもドアのそとに、レンガ積みの作業がはじまるのではないかと思うと、生きたそらもないのだ。

そのとき、どこかで音がした。ドアの外らしい。コツコツとつづいている。ああ、いよいよレンガ積みがはじまったのであろうか。

だが、そうではなかった。スーッとドアがひらいた。何者かがはいってきた。それはさっき、ふたりをここに運んできた自動車の運転手であった。