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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

何かただならぬ鋭い物音が聞こえたからである。それは銃声であった。ピストルの音であった。そのあとのあまりの静けさに、耳鳴りだけがジーンと残っていた。

ハッとして見まわすと、四方から迫った黒ビロードの人々の手に、ことごとくピストルが構えられていた。実物は七、八人だが、八方の鏡に映る何百何千人。そのおびただしい黒衣の人々が、百千の銃口をこちらに向けておびやかしているのだ。

「手を上げろ」

まっさきに進んだひとりが、死の静寂を破ってどなった。

影男も須原も、すなおに両手を高く上げた。妖異な環境と、みごとな不意討ちが、さしもの悪党どもを、いっせつな、無力にしてしまったのだ。

「殺人請負会社専務、須原正、通称影男、速水荘吉を逮捕する」

それは警官の声であった。どうしてこの地底世界へ、警官がはいりこんできたのか。そんなことは不可能ではないか。だいいち、警察官がぴったり身についた黒ビロードのシャツなど着ているというのは、考えられないことだ。

「きみたちは、いったいだれです」

「ぼくは警視庁捜査一課第一係長の中村警部だ。逮捕状もちゃんと用意している」

黒ビロードの人は、そういって、ふたりの前に一枚の紙片を差し出してみせた。