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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

10 科学的道徳の創造

一

唯物弁証法(それが本当の「唯物論」である)を使うと、文学(又芸術)も科学(又理論)も、その根本的な差別にも拘らず、殆んど全く平行した共通した連関構造を有っていることが判る、という点が、夫が今私が普遍化したいと考える一般的な結論なのである。

(一九三三・八)

10 科学的道徳の創造

一

道徳は一面に於て一種の習慣である。個人が個人生活又は社会生活上の必要から獲得した習慣が、社会生活に於て、大体のサンクションを得ると夫が習俗になる。一定の習慣習俗を抜きにしては、その限り道徳の内容は存在しない、例えば省線電車のエンジンドアが一斉に閉まる迄に、あわてずに乗ったり降りたりすることは、ただの習慣に過ぎないようだが、併し不便な服装をした交通感覚に無知な婦人達などに対しては、寧ろ一種の不快を感じるだろう。之は外でもない「交通道徳」意識の末端に触れるものだからである。車道横断の道徳や押し合わずに乗降車する道徳は、学校の修身に責任があるのではないが、近代都市生活自身が教育する道徳なのである。

交通道徳で見られるような習俗は、社会生活が発達すると一緒に発達するから、夫が固定する心配はないのだが、こういう卑近な習俗から段々と高次の習俗になると社会生活が発達しまたは発達しようとするにも拘らず、依然として旧態に止まろうとする慣性を示し