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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
之は哲学史上そうなると云っていいだろう。社会の歴史的法則のもつ必然性はこうした少なくとも可能性を媒介として結果したもののことを指すのであるが、この必然性の認識が(決して機械的必然性の認識がではない)即ち自由というものの実際的な観念なのである。
もしこの自由を実際的なものとして理解せず、観念論的又は神学的な抽象的な自由として理解すれば、例えばシェリングの人間的自由というようなものになって、今の場合興味のあることだが、それが全くの偶然(恣意)に再び還元されて了うのである。この時現実の世界のもつ必然性は全く無意味なものになるか消えて無くなって了う。偶然を以て文学の本質の解明にあて、之によってロマンティークの優越を証明しようということは、正にこうしたシェリング的行為に相当する。
偶然事に就いての文学的認識は文学方法のリアリズムを高め強度に深化する。だが偶然に就いての文学的主張は、決してロマンティシズム=ロマンティークの主張の根基ともならなければ、ましてリアリズムに対する反撃の武器ともならぬ。リアリズムは現実が有ち現実が生み出す処の現実的な可能を、現実的な自由を、現実的な理想を、否、現実的な空想をさえ、抜きにしては、何等のリアリズムでもあり得ない。