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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

12 風刺文学に対して

一

そういうことが真のリアリズムのもつ本当の必然性というものだろう。この必然性に較べて、一見夫と対立するように見える偶然性という観念が、如何に貧弱な力ないトリビアルな響きを持つかを、生活に富んだ文学的な耳は明瞭に聴き分けるだろうと思う。

(一九三五・五)

12 風刺文学に対して

一

風刺文学がしきりに話題に上るようになったのは、正にそうあるべき筈だと考えられる。大まかに云えば、今日、社会秩序に反逆しなければならぬ文学者が(否実は大衆がだが)それにも拘らず、本当の反逆者とは異って、社会生活においては、なおこの社会秩序の一環として踏み止まらねばならぬ以上、何かの意味での風刺文学が必要な筈だったのである。

一般のブルジョア作家や純文学者は、大抵、与えられた一定の社会秩序に反逆する代りに、単に世間に対する芸術家的な反逆一般を愛好するものであり、そうでなくても、精々道徳律の上での反逆をしか試み得ないのだが(之は皮肉ではないので、封建的道徳の遺風をブルジョア的な観点から批判している文学者のことを指すのだ)、ここからは風刺文学の必要などは起きない。ただの道徳上の反逆は俗世間の評判を悪くする位が精々で、文学者の身にはあまり応えるものではないから、反逆の最も貧弱なものだ。