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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
――否、そればかりではない、創作方法としての、乃至文学領域に於ける、行動主義さえが、一向この混沌的一般性の域を脱してはいないのである。
処で今は海のものとも山のものとも判らないから之が本当に進歩的なのか反動的なのかはまだ判らない、マルクス主義へ同伴又は寄与するのか、それともファシズムへ走るのかはまだ判らないと云うかも知れないが、併し大事なことは行動主義が今のままの一般的抽象にいつまでも止まる限り、或いは今のままの一般的抽象性をそのまま発展させる限り、行動主義は無条件に反動的であり又は反動的になる、という点である。
だから行動主義がインテリゲンチャの積極性乃至能動性の問題を正当な問題提出の形態で提出するためには、即ち、現在の行動主義が或る進歩的動向の一徴候であり得るためには、この行動主義のもっている一般的抽象性が少なくとも具体的なものにまで正直に行動主義的に具体化発展されて行くのでなければならない、ということになる。処がその見透し自身が又、まだ海のものとも山のものとも決らなかったのである。
つまり之は、文学者的インテリゲンチャ(乃至インテリジェンス)から問題を始めるのでは、インテリゲンチャの積極性=所謂能動精神の問題は遂に普遍的具体性を以ては提出され得ない、ということを告げているに他ならない。