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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
23 常識・合理主義・弁証法
そして第三に、それが本来感覚であって、その限りでは元来はロゴス的のもの(言葉・概念)ではなかったことから、一切の天才的(カントに従って非科学的)美的感官技術のものである諸芸術の感覚をも、統一し得る共通物だったのである。――かくて芸術乃至文学と科学とはコンジェニアルなものであることが示されるのである。
(一九三二)
23 常識・合理主義・弁証法
近来、常識というものに多少反省を加えているものは杉山平助だろう。彼は世間からよく云われるように、自分を一個の常識家と自覚してかかって物事を判断するので、彼の評論は割合包括的で又通用性に富むことになるのだ。彼は常識以上とか常識以下とかいうことを口にして、とに角常識水準とも云うべき価値の標尺を持ち出している。夫は相当高く買って良いポーズだと思う。だが、それでは常識とはどういうものか、と正面から切り出すと、常識に就いての彼の見解は案外常識的なものに止まっているのではないかと考えられる。私は常識というものの分析をすることが何より大事だと思っている。
今日の社会の通念になっている意味での所謂常識がすべて今云ったように、決して単純な判り切ったものではなく、従って決して単に常識的には分析出来ないものだが、併し之まで、世界の思想史の上で常識を問題にしたものも亦決して珍らしくはないので