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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
之を常識の哲学的概念の代表と見て恐らく差閊えはあるまい。処が、この哲学的な常識概念は、云うまでもなく思想史上の歴史的諸制約をハッキリと受けている。そしてその諸制約を明らかにすると、偶々今日に於ける社会通念としての所謂常識に含まれている諸モーメントが又明らかになって来る。
常識学派による常識は、まず第一に当時の英国特有の経験論に立脚した概念なのである。英国風の経験論によれば、経験上の所与の事実は、それ自身事実であってその他に何か別に合理的な根拠を求める必要を有たない筈のものであった。常識も亦、そうした経験的な所与として、而も最も根本的な経験的な所与として、権威を生ずるのである。尤も英国の経験論はホッブズ以来、人間性(ヒューマン・ネーチュア)の問題を解くものとして、モーラル・サイエンス又はモーラル・フィロソフィーとして(普通之を不当にも倫理学と呼んでいるが)発達して来たのであって、従って、この常識も亦、主に倫理上の観念として問題にされて来たということを忘れてはならない。所謂外部的な経験の所与はマチマチであるから、道徳上の判断を統一的に下すための根拠としては不充分だろう。