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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
26 啓蒙論
一
(一九三四・九)
26 啓蒙論
一
私は拙著『日本イデオロギー論』〔前出〕に於て、現代に於て必要な啓蒙なるものの特色を説明した。これはごく簡単な覚え書きに過ぎなかったから内容は杜撰であるが、仮にそのままの形態に於てであっても、その内に私はもっと広範な読者に訴えたいものを持っている。
啓蒙という観念は現代の日本ではあまり重大な意義を認められていないのではないかと思われる理由がある。少なくとも啓蒙とも云うべきもののもつ社会的な役割に就いては、世間では極めて平俗な常識以上のものを持ち合わさないようだ。啓蒙という以上、無論何かの意味での大衆が相手なのである。人間生活に基く広義の知識や思想を、この意味で何等か大衆化することが所謂啓蒙だと云っていいだろう。処が世間では、知識や思想のそうした大衆化である処の啓蒙や啓蒙活動を、何か純粋な知識や純粋な思想に較べて一段と低い通俗的知識や通俗的思想のものだと考えている。ここにすでに根本的な錯覚が横たわっているのだ。
こういう根本的な点に於ては、大衆的とか大衆化とか、従って又大衆とかということ自身が何であるかを、もっとハッキリさせておかなくては、飛んでもない見当違いを惹き起こす危険があるだろう。