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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

のように思われている。之が日本に於けるマンネリズム化されたジャーナリズム概念の一端なのだ。

こうしたジャーナリズム観念が、往々甚だ俗悪愚劣な無知(主にアカデミシャンや偽似アカデミシャンの)の所産であり、ジャーナリズムの哲学的意義に就いての世間の理解を不可能にしている主な原因なのだが、この考え方は実はジャーナリズムをいつもブルジョア・ジャーナリズムだと規定してかかる態度の一つの現われに他ならない、ということを今注意したい。キャピタリズムが一つの資本主義であると同じ意味で、ジャーナリズムは一つのイズム・主義だと云ったような、妙な錯覚か愚にもつかぬ洒落かに之は相応しているのだ。

ジャーナリズムをブルジョア・ジャーナリズムに限って考える、ジャーナリズムを近代資本主義の所産に限って考える、ということは、階級的観念を強調するの余り生じた一つの誤りであって、階級性はジャーナリズムそのものに就いてよりもジャーナリズム内部に於ての方が余程重大性を持っているということを忘れてはならぬ。云うまでもなく、ブルジョア・ジャーナリズムは近代資本主義の所産なのだが、併し例えばプロレタリアの新聞や出版がもしジャーナリズムでないとしたら何と呼んで之を一括出来るだろうか。