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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
28 ジャーナリスト論
そして之こそ哲学の科学性をなすものなのだ。哲学は常に実際的時事的でなくてはならぬ。即ちジャーナリスティックでなければならないのである。哲学の真理が具体的になることは、少なくとも之を措いてはあり得ない。之が又、ジャーナリズムの本当の社会的意義だろう。
一種の時評である文壇時評などが、たといどんなに貧しいものであっても、とに角一応文学的な、即ち思想的な、即ち又哲学的な意義を持っているのを見れば、以上云った意味は判るだろうと思う。
(一九三四・一二)
28 ジャーナリスト論
この間或る同人雑誌の短評欄に、私のことを批評して、「ジャーナリズムか金儲けか」云々と云ったようなことが書いてあった。つまり私があまり方々に手を拡げ過ぎて中心が手薄になるだろうという忠告めいたものなのだが、ここで別にそれに就いて答えようとは思わぬ。併し何より気になるのは、ジャーナリズムか金儲けか、という対句の与える妙な印象なのである。例えばジャーナリズムで有名になる気かそれとも金持ちになる気か、というのなら判るが、ジャーナリズムか金儲けかでは、天候か雨降りかというようなもので、どうもトンチンカンであることを免れない。