轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
併し考えて見ると、多分ここでジャーナリズムというのは、雑誌や新聞で名前を売り出すという個人の行為又は態度のことであるらしい。なる程それならば金儲けという個人の行為と丁度恰好な対になるのである。と、そういう風にこの言葉を善意に合理化して解釈した上で、さて又、気になるのはその場合のジャーナリズムという言葉のもっている意味の無さである。新聞や雑誌で有名になる個人的行為がわがジャーナリズムだというのは、何と妙な観念ではあるまいか。
処が案外ジャーナリズムのこういう観念が通俗的に通用しているようにさえ思われる節がある。ジャーナリストという存在を軽蔑する人にとっては、紙の上で名を売って生活するために、クダラない書かなくてもよいものをゴタゴタ書いている人間がジャーナリストというものであるらしく、又名声だけあって専門的な学問のない者がジャーナリストだという風にも思われているらしい。これも亦私個人の例だが、或る人が私に向かって昔のアカデミシャンとしての貴下は尊重するというような意味の手紙を呉れたことがあるが、ジャーナリスティックになったことが即ち私の学的活動の堕落なのだという仮定が、そこに横たわっているのである。