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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

通信布告)、存在しているのである。ジャーナリズムの階級性はその本質の最も大切な部分をなすが、それは階級性ということであって、資本家性に限るということではない。

ジャーナリズムは、だから一般に、表現報道の現象を指すと考えていいだろう。或るイデーを表現し更に之を報道するか、或いは之を報道するために表現するか、がこの現象の一般的な抽象的な本質なのである。これに社会機構の如何によって、夫々異った内容規定が盛られることによって、歴史的な本質が発生するのである。これが元来表現報道現象なのだから、一切の文化が表現され報道され得る限り、一切の文化はジャーナリスティックな本質を持っている。文化は文化史乃至一般に歴史に帰着するものであるが、歴史に残るものは云うまでもなく表現されたものであり、而も単に表現されただけでは物にならないので、報道されはた又報道され得る表現でなくてはならぬ。つまり或るエジプト人と或るペルシャ人とが喧嘩をした処で、負けた方か勝った方かが他人に云いつけたり吹聴したりしない限り、或いは他人がこの喧嘩に立ち合い目撃した証人とならぬ限り、ヘロドトスも之を如何ともし難いのである。