轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
で結局、ディレッタンティズムは一定の社会的に限定された領域でのエキスパートに、人間として満足し切れない衝動の現われだといえるだろう。この衝動は老若共に尊重されるべきもので、実際ここに人間の自己意識の意識甲斐があるのである。そう考えて見るとディレッタンティズムは実は甚だ積極的なあるものの現われなのであって、ただそれがこの社会の一定層の成人にあり勝ちな生活安定感を破らない限度において、安全な消極的な表現をしか試みないものに他ならない。この点を辿ればディレッタンティズムはある隠れた人生のエネルギー源に通じるものを持っている。
自らディレッタンティズムを名乗った人に谷川徹三がある。氏のディレッタンティズムはもはや決してただの余技ではなくてそれ自身が本業に数えられていいだろう。だから氏の考えているディレッタンティズムは吾々がこれまで考えて来たものとは大分別なものだ。そこでは単に、一定の専門領域からもっと広い一般の他領域に踏み出す生活態度のことをディレッタンティズムといっているのであって、問題は専門的であるかないかであって、吾々が考えたようにエキスパートであるかないかが問題になっているのではない。