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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

之は単に前に触れた日常語と術語との対立のことではない、それが更に社会階級的な対立を意味している場合の対立のことである。元来学問特に哲学は古来著しく階級的な性質をもったものであることを注意しなければならぬ。支配階級の余暇(ギリシア)や観念上の権威(中世)に基かなくては、近世以前の哲学は栄えることは出来なかった。ギリシア哲学は階級的支配者の言語であるギリシア語を用語としたものであって、この文化語を流暢にしゃべれない外国人は、吃音で野蕃人ということになっていた。中世哲学に於けるラテン語は、ローマ教会の僧職上の権威を象徴するもので、俗人には容易に理解出来ないための神聖な学術語であった(一体に行為を神聖化するには呪文めいた「学術語」が甚だ有効なのであって、道学者の漢文調や僧侶の白文のお経、医者のドイツ語などが、わが国での例である。「先生」という特権は彼等の階級的学術語能力をこの際意味している)。

神聖なラテン語に対して、被支配階級の俗語であったロマン語は最初、文学の世界で取り上げられた。そうした卑俗な言葉で書かれた内容も従って卑俗な文学が、ロマンスという近世文学の形式であったことは誰しも知っている。