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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

の十一月号に極めて簡単に論旨を述べて見た(3を見よ)。

だが一方に於て元来局外批評論などというものが問題になるのは文壇そのものが如何に問題に欠乏しているかを示していると共に、他方に於てこんな問題が真面目になって取り上げられる程に、日本の文学は低調なのではないか、という感じを禁じることが出来ない。現に現在の日本で、一般に文芸批評の組織的な体系が一体どこに見出されるか、誰と誰とが一体批評の体系を有っているのか。この点の反省もしないで局外批評とか局内批評(又の名は「専門批評」)とかいうのは、全くのナンセンスなのだ。この点文学は恥を知るべきである。

併し局外批評論に就いて採るべき唯一の取り柄があるとすれば、夫は文芸に於ける批評というものの機能を、この際一般の興味にまで高めたことである。ひいては一般に批評なるものの役割をハッキリさせねばならなくしたことである。

云うまでもなく批評というものは、決して文芸批評に限るものではないし、まして個々の作品の批評に限るものではない。だが批評と、含蓄ある意味に於ける文学とは、実は切っても切れない関係に置かれている、という点を、まず第一に強調する必要があるのである。