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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

二重の殺人

今まで世間に誰一人瑠璃子を褒めぬ人はなく、一点非のうち所もない女だと信じていたのに、この様な社会の下層階級に瑠璃子を罵る敵があろうとは、実に思いもよらなかった。

「ナアニ、そんな馬鹿なことがあるものか、気違いだ。あいつは気違いなのだ。瑠璃子に限って、外の男に思いを寄せる様な、そんなみだらなことがあってよいものか」

と一笑に附したつもりでも、何とやら気がかりで仕方がない。

「エエ、いまいましい。つまらぬ話を聞いてしまった。早く邸へ帰ろう。帰って瑠璃子の笑顔を見れば、そんな気がかりなんか、忽ちふっ飛んでしまうのだ。サア、早く帰ろう」

わしはもう、空腹もなにも忘れ果てて、よろめきよろめき邸へと急いだ。衰えた足がもどかしい。羽があれば飛んでも行き度い思いだ。あいにくなことには、その辺に人力車も見当らぬ。わしは、今にもぶっ倒れ相な身体を、妻見たさの気ばかりで、ひきずる様にして歩いて行った。

二重の殺人

町の端から端まで歩いたとて、高の知れた小都会のことだから、半病人のわしにも、程遠からぬ邸にたどりつくのに、さして暇はかからなかった。

来て見ると、大牟田邸の表門はピッタリと閉され、昼の様な月光が、大きな檜の扉を白々と照らしていた。