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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

生地獄

わしの話を聞いた丈けでも、敏感な人はすぐ気がつく筈だ。

それを、まるでうそみたいな話じゃが、わしは少しも気づかなかったのだ。瑠璃子に溺れ切ていたわしは、彼女のこととなると、もう盲目も同然で、カラ意気地がなかったのだ。

それは兎も角、このわし達夫婦の引続いての長患いが、あの恐ろしい破局への不気味な前奏曲であった。わしの運命のけちのつき始めであった。瑠璃子の妙な腫物が全快して、ヤレヤレと思う暇もなく、今度は病気どころではない。前代未聞の地獄の責め苦が、わしの上に降りかかって来た。

生地獄

皆さん。今までその点に触れる機会がなかったが、わしはとっくに世を去った、一匹の幽鬼に過ぎないのだ。この世に籍のない死人に過ぎないのだ。なぜといって、わしは一旦は本当に死んでしまって、誰もそれを疑わなかったからだ。生き返りはしたけれど、わしは大牟田敏清と名乗って再び人前に出なかったからだ。

今のわしは、年齢は左程でもないのに、濃い髪の毛が一本残らず、銀の針みたいな白髪になっている。それはわしが、一度死んで、地獄の底から生き返って来た、一つのしるしである。つまりわしは、あの時以来、一匹の白髪の鬼と化し去ったのだ。