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みたびとうほうのへいわをろんず
三たび東方の平和を論ず
大隈 重信
「新日本 第四卷第五號 創刊三周年記念號 臨時増刊」冨山房、1914(大正3)年4月3日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,089 字 · 24 页
数も甚だ少ないのだから、実力は今日の想像よりも更に劣り、兵器もまた甚だ精良ならざるものであった。それ故欧米人の外情に通ずるものは皆等しく日本を危ぶんだ。日本国民は勇敢であるから、最初は勝つも知れぬが、最後の勝利は支那に帰するであろうと。かくの如きは独り日本に憎悪の念あるもののみならず、同情を有するものもまた同様の意見を抱いて憂えたのであった。然るに干戈一たび交えるや如何。支那は脆くも敗れて僅かに半歳を出でざるに、早くも李鴻章は馬関に派して和を請うに至った。これがかの有名なる馬関条約で、そして三国干渉の起ったのもこの時であった。
支那は国大に民衆も多い。また特にその歴代の史跡に徴するに、支那を苦しむるものは常に北方の蛮族である。そしてこの北方の蛮族がついに中原を席捲して国礎を定めたのが、即ちこの愛新覚羅朝である。この怖るべき韃靼族が一たび訓練を経て文明的に軍隊を組織したならば、如何なる優勢の大軍をも編成し得ると思った。これが抑々欧米列強の支那を買被ったゆえんであったが、それが日本の力に触れて忽ち薄弱なる実力の遺憾なく外面に暴露され、その買被りたる事が知るると同時に、極端より極端に走る彼等列強の見解は、支那を以てもはや土崩瓦解拾収すべからずと思った。