轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

わらわのはんせいがい

妾の半生涯

福田 英子

「妾の半生涯」東京堂、1904(明治37)年10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 64,051 字 · 122 页

青空文庫

に来まさずやと、切なる招待の状来れり。そのまま東都に奔らんにいと序でよしと思いければ、心には血を吐くばかり憂かりしを忍びつつ、姉上をも誘いて、祖先の墓を拝せんことを母上に勧め、親子三人引き連れて約一里ばかりの寺に詣で、暫く黙祷して妾が志を祖先に告げぬ。初秋のいと爽やかに晴れたる日なりき。生れて十七年の住みなれし家に背き、恩愛厚き父母の膝下を離れんとする苦しさは、偲ぶとすれど胸に余りて、外貌にや表われけん、帰るさの途上も、母上は妾の挙動を怪しみて、察する所今度の学校停止に不満を抱き、この機を幸いに遊学を試みんとには非ずや、父上の御許しこそなけれ母は御身を片田舎の埋木となすを惜しむ者、如何で折角の志を沮むべき、安んじて仔細を語れよと、さりとは慈愛深き御仰せかな。されど妾は答えざりき、そは母上より父上に語り給わば到底御許容なきを知ればなり。かくて先ず志士仁人に謀りて学資の輔助を乞い、しかる上にて遊学の途に上らばやと思い定め、当時自由党中慈善の聞え高かりし大和の豪農土倉庄三郎氏に懇願せんとて、先ずその地を志し窃かに出立の用意をなすほどに、自由党解党の議起り、板垣伯を始めとして、当時名を得たる人々ども、いずれも下阪し、土倉庄三郎氏もまた大阪に出でしとの事に、好機逸すべからずとて、遂に母上までも欺き参らせ、親友の招き