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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

そして、えへん、と咳ばらいをした。

化粧や着付けは、向うへいってからする、ということで、髪だけ結いあげたが、潮水につかったのだから、梳くだけでも相当な手間であった。

猿楽に必要な、道具や衣裳は、さきに送り出したらしい。支度が済んで、姉といっしょに表玄関へゆくと、柳沢の四つ花菱と裏梅の紋をちらした、非公式の女乗物が据えてあり、やはり柳沢家の者だろう、六尺や小者たちのほかに、侍が四人待っていた。

「御苦労でございます」

登世はそう会釈したが、花世はつんとすまして、おそろしくいばりかえって、自分の乗物に乗った。

駕脇の供は五人、そのなかで和助が、花世の脇に付いた。

乗物は築地から八丁堀へぬけ、日本橋の大通りへと出ていった。

町家の軒先には、ずっと七夕の笹が立っていた。その枝にむすんである、色とりどりの短冊がなまぬるい軟風に、ひらひらと翻って、街ぜんたいが賑やかに浮きたってみえる。

午後三時ごろの、まだ暑いさかりだったが、さすがにめぬきの通りだけあって、人や乗物の往来はかなり多く、乾いた道から舞い立つ埃のなかを、早くも晴れ着になった子供たちが、汗まみれになって駆けまわっていた。