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やまびこおとめ
山彦乙女
山本 周五郎
「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页
釜戸から六尺ばかり離れたところに、方五尺ばかりの、やや平たい岩がある。巨大な岩の、頂面だけ地上に出ているらしい。蘚苔に包まれていたのを、幾らか手を加えたとみえるが、半之助はその上へ、出して来た食器を並べた。
「ほっ、ほう……」
さっきの声が、こんどはずっと近いところで、聞えた。
半之助は頭上をふり仰いだ。
明るみかけた梢のあたりで、にわかに小鳥が騒ぎだした。あわただしく翼の音がし、なにかがこぼれでもするように、枝と枝のあいだを、ばらばらと、小鳥の群が舞い立って、いま聞えた声のほうへと、先を争うように、飛び去っていった。その騒ぎで、雨のように落ちて来る、枝葉のしずくを、避けながら、半之助は快さそうな、期待の微笑をうかべ、岩の食卓の左右に、自分で編んだらしい、蒲の円座を置いた。
いま飛び去った方向から、やがてまた、小鳥たちの、やかましい声や、羽音が、しだいにこちらへ戻って来た。灌木の枝の折れる音がし、「だめだめ、うるさいわよ」などという、女の、あまい叱り声が聞えた。
明るくなるにしたがって、たちこめた霧が、まるで眠りからさめでもするように、少しずつ揺れだし、樹の間に濃淡の縞を描いて、山の高いほうへと、ながれ始めた。