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やまびこおとめ
山彦乙女
山本 周五郎
「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页
廊下に面したほうは明り障子であるが、他の三方は壁と襖なので、うす暗いうえに、いつも湿気が絶えなかった。
梅雨から秋ぐちへかけて、それがもっともひどく、朝はやく出仕すると、敷き畳に青黴のはえていることなども、稀ではなかった。部屋の中は年じゅう、物の饐えるような匂いが、こもっていた。天床も柱も、襖も、障子の桟も、みな煤けて古び、蠅の糞がいちめんにこびり付いている。そして、これらのものは、ときにじっと眼をとめていると、絶え間なしに磨り減り、頽れ朽ちてゆくのが、見えるようであった。
出仕し始めてから約二年。半之助はすでに、勤めの単調さに飽きていた。仕事は書類の整理であるが、その内容が無味平板であるのに反比例して、どんな些細な字句の末にも、煩瑣を極めた規則と法式があり、一分一厘もそこから動くことがゆるされない。それがなにより、やりきれなかった。
創意やくふうのない仕事、進歩のない事務ほど、人を疲らせ、飽きさせるものはない。そのとしごろの青年たちが、一般にそうであるように、彼も自分の将来に夢をもっていた。はっきりしたかたちではないが、それは充実した、輝かしい、血をわき立たせるようなものであった。