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やまびこおとめ
山彦乙女
山本 周五郎
「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页
――それは偶然すぎる。
来る途中でも、あの女のことを思いだしたし、この家の異様な空気が、そんな連想をさせたのであろう。こう考えて、彼はそっと、そこをはなれた。膳の前に坐ると、主馬も襖を閉めて、こちらへ来た。
「なんのために、あんなものを見せたんだ」
「反応があるだろう、と思ったんでね」
「それだけではわからない」
「一杯どうですか」主馬は銚子を取った。
「いや、それより話を聞こう、あとで相談がある、とも云ったようだし、なにか理由があるんじゃないか」
「安倍はむかしから、政治は嫌いだ、と云っていたね」
「今でも嫌いだ」
「それがね、嫌いでは済まなくなるんだ」
半之助は(なかば無意識に)盃を取りながら、訝しげに、眼を向けた。
「まず云うが、村田は長崎へいったね、公用を兼ねて、本草関係の資料を集めるために、そして一年ばかりで、このあいだ帰って来た、そうだろう」
「続けていいよ」
「だが長崎へはゆかなかった」
云いかけて、主馬が妙な眼くばせをした。
半之助は気づかなかったが、誰か階段を登って来るらしい。がっしりした造りなので、木のきしみはしないが、耳を澄ますと、たしかに人のけはいが、感じられた。