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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

それが海の男の生活だ。魚が相手の生活には今日の暮しがたたないからと云って何を恨んでもはじまらない。魚にめぐりあわなければ是非もないのだ。

東京の銀座は何々銀座とちがって、道ではなくて海の底だ。深刻な色彩と複雑な模様にいろどられた深海魚は銀座人種によく似ているし、フグに似た肥満型、イシダイに似た女将型、ハモやサヨリのような外人男女も泳いでいる。ちょいと釣りたい気持になる。これがホンモノの魚ならと左近が東京の銀座でふとシンミリ考えたのはそれであった。

左近が大竜出版社へ戻ってみると、もう洋次郎も帰ったあとで、葉子とタコスケが彼の帰りを待っていた。どうしても左近を海へ帰さなければ、そして海まで送りとどけなければというのが葉子の堅い決心であるから、それを知った洋次郎も安心して、明朝東京駅での再会を約して帰ったのだ。

「ヤア、御無事で戻りましたね。これでボクも明日は東京にオサラバだ」

と左近はクッタクがない。葉子も女々しい様子は見せなかった。タコスケが一ツ咳ばらいに及んで、

「ねえ、夏川さん。ボクたち相談をきめたんだけど、ボクと葉子さんが夏川さんを海まで送って行きますよ」