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かげおとこ
影男
江戸川 乱歩
「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页
この秘密がかれの小説の売れ行きを倍加しているのだし、また、かれの不思議な生活のためにも、自分の正体を知られることは、あくまで防がなければならなかった。雑誌社との交渉はすべて手紙によることとし、雑誌社からの依頼状や稿料支払いは、そのつどちがった郵便局留め置きで受け取ることにしていた。雑誌社のほうでは、かれの正体をつきとめようとして、その郵便局に記者を張りこませたりしたが、かれはそんなことは百も承知であった。局へ手紙や為替を受け取りに来るのは、タクシーの運転手とか、酒場のボーイとかで、かれ自身は一度も姿を現わさなかったし、それらの使いの者も、もしうさんくさい尾行者などがあれば、けっしてかれのところへもどってこないように厳命されていた。ある場合には、そういう使いの者を二重三重に頼んで、次から次とリレー式に手紙などを運ばせることもあった。その途中で少しでも怪しいことがあれば、使いの者はかれのところへ近よらなかったし、かれ自身も八方に目をくばって、共産主義者の街頭連絡以上の手数と技巧を惜しまなかった。
速水――やはり、かりにこう呼ぶのだが――速水はある私立大学の文科に籍を置いたことがあるが、卒業はしていなかった。