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かげおとこ
影男
江戸川 乱歩
「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页
手さぐってみると、右も左も前もがんじょうな岩はだで、通り抜けるようなすきまはどこにもない。それでも、かれは引っ返さなかった。なにごとかを予期して、そのくらやみにじっと立ちどまっていた。
かれの予想は的中した。前面の岩がスーッと横に動いて、そこにぽっかり通路ができた。ここにも岩のとびらが待っていて、それが自働的にひらいたのだ。
ひらいた岩のうしろに、急な上りの階段があった。ためらわずそれを上っていった。上りきると、眼界がパッとひらけた。ああ、なんということだ。そこは、見渡すかぎり、際涯もない大海原のまっただなかであった。ありえないことが起こったのだ。
くらくらと目まいがした。魔法つかいの目くらましか、それとも、おれはさいぜんから、ずっと夢を見つづけていたのか。
ドウドウと波のうちよせる音がひびいていた。空は青々と晴れ渡り、一点の雲もなかった。はるかの水平線が地球の丸さを現わしていた。目路のかぎり島もなく、船もなく、ただ空と水ばかりであった。
足もとを見ると、かれが立っているのは、三メートル四方ほどの岩の上である。いつのまに島流しされたのであろう。大洋のなかの点のような岩の上に、たったひとり取りのこされているのだ。