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かげおとこ
影男
江戸川 乱歩
「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页
ぼくの場合と同じで、はっきりしたことは何もないじゃないか」
「だからこわいのよ。相手がはっきりわかってれば、速水さんに相談もできるんだけど。まるで幽霊みたいに正体を現わさないでしょう」
昌吉は、ふくしゅうの悪念に燃えた川波良斎の顔を思い出した。ヘビのようにサーッと音をたてて草むらを歩くという、あの男のことを思い出した。かれは立っていって、そっと窓のガラス戸を細めにひらき、前の往来を見おろした。
自転車に乗ったご用聞きらしい小僧が通っていった。アパートの隣家の娘が盛装をして、どっかへ出かけていくのが見えた。保険の勧誘員みたいな、カバンをさげたあぶらっこい顔つきの中年男が、てくてくと通りすぎた。自転車のうしろに大きな金網のかごをつけた郵便配達が、アパートの前で自転車を降り、かごの中からいくつかの小包郵便を取り出して、下の入り口に姿を消した。どこにもうろんな人影はなかった。電柱の陰にも、向こう側の路地の中にも、人の隠れている様子はなかった。
「怪しいやつはいないよ」
それが当然だという顔をして、もとの席にすわった。
「そうよ。あたしも、ときどき、そこからのぞいてみるんだけれど、怪しい人はいないわ。