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かげおとこ
影男
江戸川 乱歩
「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页
「じゃ、きみ、漆喰のほうをはじめてくれ。ぼくは依頼者を呼んでくるからね」
小男の須原は、そう言いのこして、廊下の向こうへ立ち去ったが、やがて、依頼者川波良斎と肩を並べてもどってきた。
「いよいよ密閉されました。まるで金庫の中へ閉じこめたようなもんですよ」
「で、そののぞき窓というのはどれです」
「このキャタツにおのりください。ほら、あの窓です。ふたを上にひらくと、中に厚いガラスがはめこんであります。八分も厚みのある防弾ガラスですから、中からピストルをうっても、突きぬけるようなことはありません。少しも危険はありませんよ」
気ちがい良斎は、舌なめずりをしてキャタツの上にのぼり、窓のふたをひらいて、中をのぞきこんだ。
「おやッ、だれもいないようだが」
ちょっと見たのでは無人のへやのようであったが、あちこち視線を動かしていると、
「アッ、いる、いる。こちら側の壁にもたれてうずくまっているので、顔が見えない。服のすそと足が見えてるばかりだ……おいッ、美与子、篠田、わしの声がわかるか」
だが、へやの中のふたりは、何も答えなかった。壁の落書きで、こういうことが起こるのをちゃんと予知していたので、いまさら驚くこともないのだ。