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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

ふたりはうっそうと茂った林の中を、おもやのほうへ引っ返しはじめた。あたり一帯は寂しい場所なので、街灯は遠くに立っているばかりだし、なんの光もなく、自動車の警笛も聞こえず、まるで山の中でも歩いているような気持ちだった。

「なんだか変だな。今まで、ぼくはそれを一度も聞いていない」

影男の佐川春泥が、何か思い出したようにつぶやくのが聞こえた。

「え、なんです。なんとおっしゃった?」

「その人は、いったい、どういう人物なんだね」

「その人って?」

「きみの会社が依頼されている人物、つまり殺される人物さ」

「ああ、そのことですか。わしもいうのを忘れてましたがね、実に恐ろしい相手です。悪知恵にかけては、まず天下無敵でしょうね。その男は、いくつも名まえを持ってましてね、まるで想像もつかないような別人に化けて、悪事を働いている。まあ悪質なゆすりですね。不正な金もうけがうまいこと驚くばかりです。それに、実にすばしっこくてね、まだ一度もつかまったことがないというやつです。あんた、そいつは小説家にさえ化けるんですよ」

小男の須原は、やみの中でクスクス笑った。

「なんだって? それじゃ、まるでぼくとそっくりじゃないか」