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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

その鬼に会うまでの二、三十分が何よりもしあわせな時間であった。

彼女は歩きながら、小さな声で歌をうたいさえした。まだ小学校へ行っている時分に習った幼い歌を口ずさんだ。そして、頭に浮かんでくるあらゆる想念を、半ばは口に出し、半ばは頭の中で物語っていた。それは彼女が暇さえあれば考える不思議な美しいおとぎばなしの世界であった。

「ハトのように羽根がはえて、空が飛べたらどんなにいいでしょう。そうすると、高い空からなんでも見られるわ。かあちゃんも空までは追っかけられないし、とうちゃんも来られないわ。お金もうけもしなくていいわ。青い青い空を、歌をうたって飛んでいればいいんだわ。なにか食べたくなったら、ハトのようにスーッと町へおりてきて、今川焼きの店からあたたかい今川焼きを二十も三十もさらって、またスーッと空へあがってしまえばいいんだわ。だれも追っかけてこられやしないわ。そうして、おいしい今川焼きをたべながら、歌をうたって飛んでればいいんだわ。

青い空の上の上のほうには、死んだかあちゃんがいるんだわ。学校の先生が、人間が死ぬとみんな空へのぼるんだっていってたもの。