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ふくいんさつじんじけん

復員殺人事件

坂口 安吾

「座談 第三巻第六号~第七号、第四巻第一号~第三号」1949(昭和24)年8月1日~9月1日、1950(昭和25)年1月1日~3月1日(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,621 字 · 195 页

青空文庫

ただ本能的に、そうなのである。

人間はもっと理性的だ。本能に対処するにも計算があるのだ。子供のうちは郷愁で食事がノドを通らぬようなこともあるが、大人になれば、そんなに甘くはなくなる。

そして、人生の計算も、帰するところは、生死を本としての損得勘定だ。限られた時間内に於ては、恋愛の情熱が死や食慾を超えてもっと強烈なこともあるが、これは時間的な問題だ。安彦のように、その時から長い時間を経た後になっても、恋愛感情が、死や食慾よりも逞しいとは思われないのである。

すくなくとも療養所に於て品性下劣の悪評のみ高い彼が、高貴な羞恥心を蔵しているとは思われない。

しかし、こういう不具者になれば、精神もよほど異状になるかも知れないから、二重人格的になり、一方に高貴な魂を蔵しながら一方に最も獣的な個性を露出することも有りうるかも知れない。しかし、その場合は、結局、生家へ帰ることはしないだろう。

私はしかし、そう断言したくはないのである。文学は個性の問題だ。公式的には行かない。割りきっては、いけないのである。しかし、探偵となると、ちょッと、割りきってみたくなる。私はそれが恥しいから、ためらったのである。