轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

一方に於て、労働と観念の表現とが割合分離しないでおり、他方に於て労働の形態が従って又観念の形態が甚だしく個人的に分裂していない比較的原始的な状態に於ては、文学はリズムを以て云い表わされる。ギリシア時代では、日常の談話に於てもレトリックが重大な意味を有っていた。こういうわけで、文学という概念がそのアクセントの置き処を、時代によって異にしているのは敢えて怪しむに足りない。そればかりではなく現在でも国によって多少文学という言葉のニュアンスを異にしている事実を注意しなければならぬ。ヨーロッパでは文学者とは第一に詩人を意味する。之に反してわが国では寧ろ小説家を指す。わが国に於ては詩人の文学者としての社会的重大性は極めて低く評価されているようである。更に最近では「純文学」という言葉によって一連の問題が取り上げられ始めた。之に対する「大衆文学」や、又之と食い違うものだと考えられる「プロレタリア文学」が問題になる。こうなると、文学という概念はこの方向に於ても複雑な分裂を持って来ているのである。

であるから、文学というものを相当根本的に規定しようとすると、それは案外広範な領域を含むものとして、限定されねばならなくなる。