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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
之が科学の文学的意義の第一歩なのだ。だから哲学は、之を明らかにするために、科学論とか科学方法論とか、論理学とか認識論とかの省察を企てて来たのである。ただそれが之まで割合、文学的なものとの交渉を明らかにするまでに纏りが付いていなかった迄である。纏りが悪るかった罪はブルジョア哲学のアナーキーに帰着するのであって、科学の非文学的性質にあったのではない。普遍的に通用すべく鍛錬されている例えばマルクス主義哲学の範疇組織は、この交渉関係を明らかにし得る約束を与える唯一の哲学だろう。
今日の科学は極めて高度の技術的水準に達している。門外漢は容易に今日の科学の成果を追跡出来ない程、その技巧水準は高まっている。だがこれは必ずしも、科学の文学的意義が高揚されたことと平行するものではない。科学の文学的意義は、科学を支配する世界観とそれから来る方法とが、人間の文化の歴史的社会的前進に対して持つ位置関係の内に見出されねばならぬ。科学の技巧水準ではなくて、科学の文化水準が科学の文学的意義の度盛りなのだ。新しい科学が台頭するとか、新しい研究領域が開拓されているとかいうことによって、初めて科学は一般の文化水準を高める功績を有つのであるが、そういう発生期に於ける科学はいつも豊富な文学的意義を持っていたのが事実である。