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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

帝国主義という主題を選んでその主題の下に於てはレーニンは殆んどあます処なく分析統一を与えることが出来たにしても、帝国主義という主題自身は、自分の分析の中で、必然に他の諸主題への出口を示しているわけで(例えば戦争・軍需工業・機械・戦時経済・ファシズム等々の独立した諸テーマ)、主題は自分の分析そのものによって、自分が完了していないものである点を、自覚しているわけである。論者は必要を感じられたそうした次々のテーマを、次の機会に取り上げねばならぬことを自覚するわけである(凡てのテーマをあげ尽したいというような形で、テーマの完了性を装うものは「教科書」である。――だが一般に、教科書程テーマの創造性と積極性とに乏しいものはない)。

処が芸術に於ては様子は多少違う。『戦争と平和』という題でトルストイが描こうとした主題はそれが成功しようがしまいが、あれでとにかく完了している。トルストイはあの描写の内でどこにも他のテーマの描写を約束していないし約束する必要を感じない。レーニンは『帝国主義論』の中で戦争や機械のことに就いて明白に触れており、即ちそういうテーマを取り上げねばならぬことを約束しているのだが、トルストイの『戦争と平和』