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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

歴史的に考えられた現象を要約し、それから本質を抽出することが論理の機能であるが、して見れば笑いがどれ程論理的なものであるかを今云ったことから推測出来るだろう。笑いのもつ「論理性」は実際、今までの多くの人が指摘している。

笑いの客観的な存在形態は喜劇であるから喜劇は特有に論理性を持っている。之は喜劇が多く理知的なものであるとか社会批評になっているという点からも判ろう。では悲劇に就いてはどうか。

喜劇が論理と結び付いているとすれば、それに対応して、悲劇に結び付いているものは歴史である。悲劇に於て歴史は第一に運命として取り上げられる(古典的運命悲劇)。歴史 Geschichte という言葉も運命 Schicksal という言葉も送られたる(Schicken)もの――神の贈りもの――と関係している。第二に歴史は近世的に性格として取り上げられる(性格悲劇)。無論この場合性格は伝記的展開としてのみ取り上げられるのである。いずれにしても悲劇を組み立てている骨格は歴史、歴史的必然性、でなければならない。それが宿命論的なものであろうと自由意志論的なものであろうと、それとも又自然因果的なものであろうと、そうである。