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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

前にもモダーニズムに於ける感覚主義と合理主義(主知主義)と直観主義(新心理主義)とを挙げた。之はフランス哲学の伝統に於て極めて緊密に結びついた三つのものであることはよく知られている。デカルトの合理主義から、コンディヤックの感覚主義とベルグソンの直観主義とを直接に導くことも決して不可能な企てではないだろう。モダーニズムが機械的である限り一種のデカルト主義にまで蒸溜することも出来るが、このデカルト主義からドビラン風の内部的人間学を導くことも出来るし、或いはコント式現象主義を通ってハイデッガーの解釈学的現象学――人間学へ辿って行くことも出来る。モダーニズムはフランス哲学の介在によって、現在の新深刻派の文学思想につらなるものを持ち得るのである。思うにP・ヴァレリーなどはモダーニズムとこの新深刻派とをつなぐ最も有力な鎖になっているだろう。

だから、モダーニズム文学の何よりの根本特色はその機械論にあると云わねばならぬ。そして之が又モダーニズムの根本的欠陥でもあるのである。人によってはモダーニズムには本当のモラルがないと云うかも知れない。だがいつの場合にも大事なのはモラルではなくてモーラリティーなのだ。