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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

アリストテレスは之を共通感覚(共通感官・共通感・等々)と名づけたことは知られている。このセンスは併しそれだけでは、認識材料提供の器官から引き出された過程に相応わしく、まだ必ずしも認識の核心・妥当内容の力点としてのセンスにまで到達しているものではない。だからスコラ哲学に於ては之が全く心理学的な範疇(例えば内官)の外へ出なかったのである。併しこの共通感覚を吾々のように、認識(今は之を論理的なものの範囲よりも広く理解して)の核心・妥当内容の力点と考えれば、共通と云うのは、もはや諸感官乃至感覚に共通であるばかりではなく、又凡ての人間に共通であることをも意味して来るのである。だからそこで、共通感覚は芸術の各部門間の感官的な共通連帯関係のみならず、又それぞれの部門の諸芸術の間の妥当性の上での共通統一連帯の関係を与えることが出来る。カントはその趣味判断をかかる意味での共通感覚――彼の区別に従えばそれは sensus communis aestheticus である――に基けた。

こうした美的共通感覚は共通であるだけそれだけ個々の感官感覚から遠ざかっていると考えねばならぬが、恰も感官感覚から遠ざかっているものは言葉によって表現される概念である。