轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

文学的探究に於ても事態は同じなのだ。

結論・論旨・結果を求めることが学術論文の絶対条件だということから、文章の修辞に於ける力点乃至論述の「山」の問題を考えておかねばならぬ。要するに最も大きな「山」は結論にあるのであって、論旨がここで強調されるわけだが、そこまで来るのに幾つかの小さな「山」を越えなくてはならない。之がないと論文は科学的説得力を有つことが出来なくなる。エチュードやエッセイ(試論)にはこうした山は幾分必要ではないかも知れぬ。だが学術論文は、夫が論文である限り、丁度文学作品がそうであるように、又は法文がそうであるように、公的に客観的に一種の完備を持ったものであるのを建前とする。それには「山」が要るのである。之のないものは論文でなくて論議的フラグメントに他ならない。無論フラグメントもフラグメントとしてその科学的価値は大きいのではあるが。

最後に論文文筆上の実際的な一工夫を一言述べておこう。論文を書き始める時には、まず予め思いついた論議要素を羅列する。次に之を分類し、その分類を合理的に均斉にすることによって、思い落した要素を思い出す。それから第一の要素に含まれた契機を出来る限り具体的に分解し、この分析された諸契機と次々の要素の同じく分析されるだろう諸契機との連関を一つ一つ検討する。