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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
アリストテレス門下の駿足と公認されているテオフラストスの著『性格』を初めとして、之を遙かに継承したラ・ブリュイエールの著『性格』(十七世紀)や、近代的エッセイの鼻祖であるモンテーニュなどがそうだ。之等のモーラリストは建物のことから時代のマナーやモードに至るまでを評論した。モーラリスト的な評論文学が決して主観的な「モラル」や「逞しい自意識」などばかりを相手にしていなかったことは、モーラリストの特別に代表的なものと見なすことの出来るアディソン(十八世紀のイギリスに於けるジャーナリスト文学者)の所謂ペリオディカル・エッセイズなどを思い出せば、もっとよく判る。
モーラリストの立場に立って初めて、一切の文学は可能となり、又この立場に立って初めて、一切の本格的な批評・評論が可能になる。この立場に立って初めて、批評なるものは一切の文化的対象の統一的な媒介機能をもつことが出来、その機能が又やがて含蓄ある意味に於ける文学なるものの有つ、全人間生活にとって普遍的な機能に帰するものである。――ここから同時に見透しがつくことは、新しい道徳の建設(特にプロレタリア的道徳の)は、この意味に於ける文学の最も重大な社会的役割でなければならぬということだ。