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やぎゅうつきかげしょう
柳生月影抄 名作短編集(二)
吉川 英治
吉川英治『柳生月影抄 名作短編集(二)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:柳生月影抄、下頭橋由来、脚、べんがら炬燵、大谷刑部、鬼、春の雁、旗岡巡査、茶漬三略。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 173,309 字 · 352 页
寝しずまった漁村を見ながら、波明りに添って二人は歩き出した。清吉はもう金の惜しみを考えなかった。――ただ侠な肌あいの中に、濃い人情と強い恋を持つ深川のにおいが、艶かしく、自分を絵の中につつみこんで、波の音までが享楽に和しているかと思われた。
「……あの」
口籠りながら、秀八はふいに足を止めた。
「なんだい?」
「……ちょっと、もいちどわたし、家へ寄って、忘れ物を取って来たいんですけど。ここで待ってくれますか」
「近いのか」
「ええ、そんなにはない所だから、ちょっと走って行けば」
「そうか、じゃあ行って来な」
「すみませんが――」
何となく、それが、うつつな云い捨てようであった。
待っていると云ったが、清吉は、秀八の後から尾けて行った。潮くさい漁師町の露地へ、彼女は、小走りに入って行った。
トントントンと、そこの一軒を忍びやかに叩いて、
「おばさん、おばさん……。秀八ですよ、もいちど開けて下さいな」
老婆の声が聞え、彼女は、あわてて中へかくれた。穢い漁師小屋だった。魚油を燈すとみえ、臭い灯のにおいがして、家の中に、黄色い明りがついた。
「坊やは。……おばさん……坊やの顔を見せて!」