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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

この覗き穴からよく見給え」

わしの声につれて、川村はフラフラと覗穴に近づいて来た。そこから、目を出して、わしの顔を見つめた。二人の顔は五寸と隔たぬ近さで向い合った。川村は長い間、わしの顔を凝視していたが、やがて失望した様に叫んだ。

「違う。やっぱり俺は見覚がない。貴様がどうして、俺をこんな目に合わせるのか、少しも分らん」

「待ち給え。川村君。僕の声は、よもや忘れはしないだろうね」

突然、わしは里見重之の作り声をやめて、昔の大牟田敏清の若々しい声で云った。

五寸の近さの川村の顔に、ゾーッと鳥肌の立つのが見えた。彼の目は一瞬間、全く生気を失い、口は白痴の様にだらしなく開いた。

「オイ、川村君。仮令声は忘れたとしても、僕のこの目を、よもや忘れはしまい。昔は無二の親友であった男の目を」

わしは一語一語圧えつける様に云いながら、大きな黒眼鏡をはずした。そのあとには、これ丈けは昔ながらの、大牟田敏清の眼が光っているのだ。

これを見た川村の両眼は、眼窩を飛び出すかと疑われた。もじゃもじゃになった髪の毛が、一本一本逆立ったかと怪しまれた。

何とも形容の出来ない、絞め殺される様な悲鳴が耳をつんざいたかと思うと、川村の顔が覗き穴から消えた。