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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

裏門を這入ると、両側にコンモリとした灌木の茂みが並んで、昼も小暗い小径になっている。わしは暑い日など、愛読の哲学書を携え、この小径をさまよって、先哲と物語をした仙境である。

わしは夢の如く現の如く、よろめきよろめき進んで行ったが、小径が尽きて広い庭へ出ようとする所まで達すると、茂みの向側からふと人の声が聞えて来た。

アア皆さん、それを誰の声だったと思います。わしは耳を澄さぬうち、早くも脳天をうちのめされた様に、ハッとして立ちすくんでしまった。

瑠璃子だ。瑠璃子の声だ。五日間の生埋の間、一瞬たりとも忘れなかった、わがいとしの妻の声だ。

わしは破れ相に高鳴る心臓を押えて、ソッと茂みの間から覗いて見た。

いる。いる。確に瑠璃子。我妻瑠璃子。白っぽい着物を着て、嬉しげに微笑した美しい顔を、惜げもなく月光にさらして、しずしずとこちらへ歩いて来る。

わしは思わず「瑠璃さん」と叫んで、茂みを飛び出そうとした。危い危い。すんでのことで声を立て、姿を現わすところだった。

その咄嗟の場合、うしろからわしを引止めたものがある。人間ではない。わし自身の心が――一種異様な疑いの心が、わしを引止めたのだ。