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まじゅつし

魔術師

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页

青空文庫

文代の方でも明智を慕っている気持は、品川沖の怪汽艇での出来事以来、分り過ぎる程分っている。

何と云う不思議な因縁であろう。名探偵は敵と狙う賊の娘を恋している。娘の方では、真実の父親を裏切ってまで、明智に好意を示そうと、いたましくも悶えている。

「フフフ……、貴様は何という馬鹿者だろう。相手は殺人鬼の娘だ。出来ない相談だ。そんな妄想は綺麗さっぱり、西の海へ吹飛してしまえ」

明智はフィガロの紫色の煙の中で、苦々しげに呟いた。

と、丁度その時、何かの暗合の様に、隣の客間のドアに、ホトホトとノックの音が聞えた。

十一時過ぎの来客だ。少しも当てがない。誰だろうと思いながら、物憂く立って行って、ドアを開いた。

廊下にションボリ佇んでいたのは、外套の毛皮の襟で顔を隠した、洋装の女であった。

「お間違いではありませんか。僕は明智というものですが」

明智は予期せぬ来客に面喰って尋ねた。

「イイエ」

女は毛皮の下から幽かに答える。

「では僕をお訪ねになったのですか。あなたはどなたです」

女はやや暫くためらっていたが、やがて決心した様に、

「どうか、お部屋へ入れて下さいまし。誰かに見つかるといけません」