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まじゅつし

魔術師

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页

青空文庫

と、さも惶しく云うのだ。

商売柄、明智はさして驚きもせぬ。何か犯罪に関係があるなと思ったので、云うがままに室内に招じ入れて、ドアを閉め、スチームの暖房装置に近い椅子を勧めた。

「夜中失礼だと思いましたけれど、大変なことが起ったものですから」

女は詫言をして、やっと外套を脱いだ。

「ア、君は、文代さんじゃないか」

女の顔を一目見ると、明智がびっくりして叫んだ。今も今とてその人のことを考えていた、賊の娘の文代に相違ないのだ。

「エエ、あたしここまで抜け出してくるのが、やっとの思いでした。サア、早く外出の御用意をなすって下さいまし。玉村さん御一家の方々の命にかかわる大事です。父を捕えて下さいまし。あの悪者の父をこらしめて下さいまし」

文代は泣かんばかりに云うのだ。娘が父を捕えてくれとは、よくよくのことである。

聞いて見ると、文代は隅田川の川口に碇泊している、例の怪汽艇の一室にとじこめられていたのだが、次の室で賊の部下達が話しているのを聞いて、小石川の旗本屋敷の陰謀を知り(彼女は前章に記した賊の悪企みを、手短かに語った)非常な苦心をして汽艇を抜け出し、タクシーを飛ばして明智の住いへかけつけたというのだ。