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はたもとたいくつおとこ

旗本退屈男

佐々木 味津三

線上閱讀佐々木 味津三《旗本退屈男(はたもとたいくつおとこ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 240,656 字 · 478 頁

青空文庫

二

だが、身延の朝霧、馬返しまで、という口碑伝説は、嘘でない。聖日蓮の御遺徳の然らしむるところか、それとも浄魔秘経、法華経の御功徳が然らしむるところか、谷を埋め、杜を閉ざしていた深い霧も、お山名代のその馬返しへ近づくに随って、次第々々に晴れ渡りました。と同時に、遙か向うの胸つくばかりな曲り坂の中途にくっきり黒く浮いて見えたのは、まさしく女の小さな影です。

「よッ、あれだ、あれだ。殿様、あの女がたしかにそうですよ。だが、もうお生憎だ。この馬返しから先は、お供が出来ねえんだから、スリはともかく、お約束のどじょうの方はどうなるんですかね」

「一両遣わそうぞ。もう用はない、どじょうになろうと鰻になろうと勝手にせい」

まことにもう用はない。ひとときの退屈払いには又とない怪しき女の姿が分ったとすれば、見失ってはならないのです。吹替小判をちゃりんと投げ与えておくと、すたすたと大股に追っかけました。

二

二丁、三丁、五丁。――豪儀なものです。全山ウチワ太鼓に埋まっていると見えて、一歩々々と久遠寺の七堂伽藍が近づくに随い、ドンドンドドンコ、ドドンコドンと、一貫三百どうでもよいのあのあやに畏こい法蓮華囃子が、谷々に谺しながら伝わりました。